数年前のある夏の日のこと、私の友人が「知り合いからバイクをもらう事になったのでトラックで一緒に引き取りにいってくれないか?」と言う。私は快くOKして隣の街まで友人と一緒に引き取りに行くことに。
30分程走り着いたその場所は国道のすぐ側に有る一軒家。ごく普通の家なのだが、築50年は過ぎているであろう古い造りで見た目にはかなりやんでいる。家の前まで行くと中から知り合いが出てきて「あ、バイク取りに来たんでしょ。これです。」と、教えてくれたその先を見ると家の軒下にかなり錆びたホンダのレブルが有った。
なにはともあれ早速レブルを車に乗せる。長い間乗っていなかったようでタイヤの空気圧も抜けてしまって押すだけでもかなり重たい。友人と二人でなんとか車に乗せた。ロープでバイクを固定しようとしていると家の中からお母さんが出てきた。手には、長年使っているのか少し黄ばんだカップを二つ乗せたお盆を持っている。
「まあまあ、御苦労様です。のども渇いた事でしょう、これでも飲んで一服してくださいな。」といいながら。。「どうもすみません。ありがとうございます。」私達はそう言いながらお母さんが差し出したカップをそれぞれ受け取った。そのカップはコーヒー用の物で、それは端から見ただけでもコーヒーだな。と思えるようなはっきりとしたコーヒー用のカップだった。(親切にコーヒーを出してくれたんだ。)
そんなことを考えながらカップの中を覗き込んだ私達は直ぐに顔を見合わせた。二人ともビックリした顔をして。そして目で会話を始めた。「コーヒーじゃないぞこれ!」「透明じゃ」「水か?」「ソーダ水?」「いや、泡が出て無い」「じゃあなに?」「ただの水は出さんかろ?」「おまえ先に飲めや!」「え!?まじで?」そんな会話を交した後に友人が勇気を振り絞ってその疑惑の透明の液体に口を付けた。
それを横で固唾を飲んで見守る私。一口飲んだ友人がさらにビックリした表情で私に言った。「さとう水じゃ!」「???」「ほんま?」友人が二口目を飲もうとする姿(苦しんでいない姿)を確認しながら私もその透明の液体に口を付けた。たしかにそれはまぎれも無く”さとう水”だ。しかし私はそれ以上はどうしても飲む気にはなれない。
友人は2口3口と飲んでいる。それはただ単にせっかく出してくれたんだから残す訳にはいかないという良心だけがそうさせているとしか思えない光景だ。私はというと、友人と同じく、せっかく出してくれたんだから残す訳にはいかないという考えに違いは無かったのだが、砂糖を水で溶かしたような味はしているがそれがなんなのか確認する訳にもいかず、やはりその透明の液体の疑惑がぬぐいきれず、お母さんが向うを向いているすきに隣の畑にすてたのだ。
「うらぎりやがったな!」というような友人の視線を感じながら…。そして二人揃って「ごちそうさまでした!」と、満面の笑みを浮かべながらカップを返した。するとすかさずお母さんがとっても優しい口調で「もういっぱいいかが?」と聞いてきた。もちろん私達は丁重にお断りしたのだが、そんな私達の悲願を聞くまもなく「まあまあ、遠慮なさらずに…。」と言いながら家の中に入って行った。透明の液体をカップに注ぎ入れる為に。
その姿を見届けた私達は、慌てて荷造り途中のレブルをしっかりとトラックにくくりつけ、その場から逃げるように帰った事は言うまでも無い。